私は言葉が好きです。
それが高じて、この「ことのは国語教室」を立ち上げました。

そうするとですね、言われることがあるんです。

「言葉が全てじゃない。もっと言葉にならないものを大事にしないといけない」
「身体表現が大事だよ。体で感じるってことを蔑ろにしてない?」

言いたいことは分かります。私も、それも大事だと思っています。

言葉にするよりも、アイコンタクト一つで伝わることもある。
手の温もりで伝わる思いもある。
言葉にならない思いなんて、私にだって山ほどあるわけです。

多分、私自身の表現方法としては非言語表現の方が優位だと思っています。
弟が自閉症で、言語でのコミュニケーションが難しいという生い立ちも関係しているでしょう。

また、私を知っている方であれば、私が決して論理的な人ではないというのも…

それでもですね、自分が苦手だからこそ、言葉の持つ魅力に惹かれるんだと思います。

言葉で伝えられることなんて、自分が感じていること・考えていることのほんの一部でしかありません。
その、ほんの一部を使って他者と想いを共有していくわけです。

だからこそ、そのほんの一部を磨いて、輝かせて、相手に届けたい。

言葉って、誰かのため、なんです。
その誰か、には自分も含まれます。

言葉は誰かを傷つけることだってできます。
体の傷は治っても、言葉の傷は長い年月、その人を苦しめる。
それは、相手を傷つけようと思ったわけではなく、ポロっと不容易な発言かもしれない。
自分はそんなつもりじゃない。どんなに言い訳をしても、傷つけられた側はその傷を背負うわけです。

また逆に、誰かを喜ばせることだってできます。
誰かの一言が、自分を支えてくれた。そういう体験は誰にでも、何かしらあるでしょう。

それくらい、言葉には力がある。
だからこそ、もっと意識的に使っていきたい。

それは別に、良い言葉を使いましょう、というテクニック的なことではなく
自分の使っている言葉に自覚的になるということだと考えます。
同じ言葉だって、言い方と状況・相手との関係性が変われば伝わる意味は変わってきますから。