週末に小学生を相手に授業を行い、
平日は高校生を相手に授業を行っています。

使っている言葉は当然違います。

例えば、小学生には熟語は極力使わないようにしています。

高校生には「説明してください」と言うところを
小学生には「先生に教えて」と言ってみたり。

けれど、時々、うっかり口が滑ってしまうことも…

先日、あまりに騒がしかった高校3年生を相手に「お口にチャックして!」と…
ねぇ。高校3年生の男子ですよ。お口にチャックって…

しまった!と思っていたら、すかさず
「先生、お口にチャックってどうやるんですかー」と。

女子も驚愕した目で見ていました。

まぁ。子どもも10年経つと、こんなに成長するんだなと
その差に感心する親戚のおばちゃんな気持ちにもなりました。

そういえば、お口にチャックをするってひとつのメタファーなんですね。

黙らされる、のではなく自分で閉じる。そこには主体性がある。
開けようと思ったら、開けられる。

言葉にどんな意味を持たせるか、というのはメタファーでもって
表現することができます。

例えば、「議論を戦わせる」という表現をしたのであれば
そこには勝ち負けがあり、相手をやっつけるという攻撃性が含まれるように思います。

それとは違って、あまり使われませんが「議論でダンスする」という表現であれば
意見を交わすことによってその場を楽しむ雰囲気になるように感じられます。

人生を旅に例えるのか、ジェットコースターに例えるのか。
はたまた、山登りに例えるのか。メリーゴーランドなのか。

そこに含まれる意味合いはどれも違うものでしょう。

自分が、どんなメタファーを使って言葉を紡いでいるかに耳を傾けてみると
隠れていた価値観が浮き彫りになったりします。

あなたは、どんなメタファーで人生を語りますか?

メタファーについては、この辺りの本がおすすめです。