「言葉に頼りすぎると退屈な女になっていく」
というのは、昨日ご紹介したルミネの広告。

確かに、授業の中で注意したいことは、非言語を使っていることに気付きました。

例えば。お喋りを注意したい場合。
というか、授業の中で注意したいことなんてお喋りくらいしかないのですけど。

特定の子が騒いでいる場合に「◯◯君、静かにしてください!」と注意するのではなく
その子の方を向いて、目を合わせて人差し指を口に当てるようにする。

クラス全体が騒いでいる場合には、「静かにしなさい!」と注意するのではなく
私が大きな声で説明していたのを急にやめて、全体の注目を集めてから
両手のひらを下に向けて、ゆっくりとおろしていく。

言葉で注意すると刺が立つようなことに対して、
非言語でお願いするようにする。そのお願いが受け入れられたら、笑顔で応える。

かつてNLPトレーナーになるために学びを深めていたとき
トレーニングで最初に教わった事は、何を教えるかではなく
どう教えるか、という事でした。
(いろんなトレーニング法がありますので、この限りではありません)

具体的に言うと、非言語情報のコントロール方法について。

まず、プレゼンテーションをする時に、一切のジェスチャーを禁止されます。
軽く足を開き、背筋を伸ばし、安定感のある状態を作って直立不動。

やってみると、自分がいかに不要な非言語情報を出しているか、に気付きます。

無意識に出している非言語情報のほとんどは、自分の不安の解消でしょう。
片足に重心が乗っかっているのは、いつでも逃げ出せるようにだったり
言葉を出そう、出そうとして、焦りから手がいっつも動いていたり。

それを見ている受講生は、その非言語に現れた情報をも受け取っている気がします。

ジェスチャーが禁止されるって、結構苦しいもんです。
その後、必要なジェスチャーのみを意図的に入れていく。

注意のすべてを非言語で行っているわけではありませんが、
そういう使い方もある、というお話でした。