高校一年生の国語の授業で、「悪文訂正」というものに取り組んでいます。

なにをもって悪い文、良い文とするか、という明確な定義はありません。

自分の伝えたい意図が的確に伝わる文は良い文で、
自分の伝えたい意図が的確に伝わらない文は悪い文、
となるでしょうか。

通常は前後の文脈を考慮しながら文を読んでいくので、
ちょっとやそっと悪い文でも伝わらないという事は少ないと思います。

ですが高校生の場合、例えばテストに記述式の問題が出た時、
一文で答えを書くわけですが、その文の意図が採点者に伝わらないとマルにならない。

ということは、やっぱり良い文(=伝わる文)を書く意識が大事になってくるわけです。

では、悪い文とは何か。

例えば、こういう文はどうでしょう。

「ボランティア活動に高校1年生と2年生の希望者が参加した。」

この文が表している参加の対象は誰なのでしょうか?

1年生の希望者と2年生の希望者?
それとも、1年生全員と2年生の希望者?

「私は大通りで迷って困っているおばあさんに出会った」

私はどこで誰に会ったのでしょうか?

私は、大通りで迷って困っているおばあさんに会った?
それとも、私は大通りで迷って、困っているおばあさんに会った?

おそらく前後の文脈から、その文の意図は分かるのだろうと思います。

しかし、解説しないと相手に伝わらないようであれば、
それは悪い文といえるのかもしれません。

なぜなら、会話であればその場で解説できるとしても、
文として書かれているものは、必ずしもその場で解説できるとは限らないからです。

その結果、読み手の解釈に委ねる事となり、
コミュニケーションのギャップに繋がります。

<自分はこういうつもりで書いたのに、なんで伝わらないんだ!>

と相手を責めるのは簡単かもしれません。
とはいえ、必ず良い文を書きなさい!ということを
授業の中で伝えたいわけではありません。

<どういう表現にしたら、相手に伝わるんだろう?>

そういう、言葉に対する繊細さや他者を思う気持ちに
気付いてもらえたらいいなぁ、と思うのです。

きっと、それが「良い文」に繋がると信じています。