『舞姫』はよく、森鷗外自身をモデルにして書かれた作品であると言われています。

それを授業の冒頭で生徒に言うか、言わないかは、各教師の指導方針に委ねられているところ。
ある先生は文学史を後回しにして、生徒達から「あれ、もしかしてこれ鷗外のことですか?」と気付いてもらうのを楽しみにしているのだとか。

実際にはエリスのモデルになった女性は発狂してはいないし、
当然小説として描かれているものなので多分にフィクションですけれども
「もしかして…」と思わせてしまうところは、小説の力ですね。

そんな『舞姫』の裏話を探っていくと、いろいろとおもしろい発見があります。

森鷗外が『舞姫』を書き上げた際、家族の前で読み上げた、という話があります。

それは一節には、「私はドイツの女性とは別れて、潔白の身の上である」ということを証明する意味合いを含めていた、という説も。

実際に、森鷗外がドイツから帰国後、エリーゼという女性が後から日本にやってきています。

<鷗外を追いかけて来た>と言われる事も多いですが、実際にはそうではなかったようです。

当時の渡航費は、今に換算すると官僚である森鷗外の年収が1,000万円だとしたら、
だいたい800万円くらいするもので、そんな一般人が簡単に用意できるような金額ではありません。

しかも渡航の記録を紐解くと、エリーゼは鷗外よりも先にドイツを出国していたのだとか。

鷗外とは一緒の船ではなく、別ルートで渡航したので鴎外よりも遅く入国したのですね。

つまり、エリーゼは追いかけて来たのではなく、鷗外と合意の上で日本に来ていたのです。
残念ながら、まだまだ外国人女性との結婚が許される時代ではなく、親戚の方々の説得によりエリーゼはドイツに帰国することになってしまいますが…

この辺り、記念館に貴重な資料がありました。

「RM(リンタロウ・モリ)」の刺繍用のプレートが残っているのです。
この刺繍用のプレートは、当時のドイツで婚約者に贈るものだったのだとか。

当時の日本人留学生は、現地の女性を彼女とし、帰国する時にお金を渡して清算するのが常だったのだとか…(高校生には言えない)
作中でも友人である相沢が「慣習」という一言で表現している部分もあります。

そういうことではなく、真剣にエリーゼの事が好きだったんじゃないのかな…と
予想されてなりません。

だから、作中でエリスは発狂してしまったけれども
ずっと一途に主人公を愛し、信じていた女性として描き、
彼女の悪い部分は描かれていないのかな、と。

この作品が家族に対する『絶縁文』としての証明であるならば、
もしかしたら、それは同時にエリスに対する『謝罪文』であり、
ずっと心には君の事が残っているよ、という『恋文』でもあるのかもしれない、
そんなことにまで思いを馳せてしまいました。考え過ぎかもしれませんが。

日本とドイツと、距離が離れてしまっても鷗外とエリスは手紙のやりとりをしていたそうです。
そして晩年、鷗外はその手紙を家族に頼んで、すべて焼き捨てさせたそうです。

二人の秘密は永遠に炎の中へ。

ちなみに、エリス2回目の来日の時のことは『普請中』という作品をご覧ください。