子供達(ここでは小学生低学年を指します)と関わる機会がありました。
いろんなコミュニケーションの取り方があるんだな、と興味深く観察しておりました。

ある子(仮にAさんとします)が教室の中に入ってきました。
Aさんはまず、初対面の私の頭を力一杯叩いてきました。しかも笑顔で。

その教室の教育方針や、その子の性格が分からないので、
「私は叩かれてとても痛いです」と伝えました。
力加減こそないものの、その子なりのコミュニケーションの可能性もあるので
この時は叱ることはせずに、私の状態を伝えるに留めました。

その後、別の子がAさんに対してちょっとした軽口を言いました。
そしたらば、Aさんはまたその子の頭を力一杯叩きました。

流石にそれは親愛のコミュニケーションではありません。暴力です。
暴力はいけないと、Aさんに話し掛けました。

私「どうして叩いたの?」
A「だってあいつムカつくんだもん」
私「ムカつくからって叩いても直らないじゃない。嫌なことを言われたら、〜って言わないでって伝えないと同じことを繰り返すよ」
A「いいの!ムカついたら叩いていいの!!」

自分にとって嫌なことがあったら、暴力を使って解決する、ということを10歳で選択している。
恐らく、これは予想でしかありませんが、この子は叩かれながら育ってるのかな…?と。
そうだとしたら、それはとても切ない。

親にとって不都合なことがあった場合、何が不都合でどうして欲しいかを言葉で説明するのではなく
暴力を使って叩き込む。そこには「どうしたらいい」という道筋は提示されていないから
大人の反応を見て、顔色を伺って、恐る恐る行動するしかない。
正解なら叩かれず、不正解ならまた叩かれる。この繰り返し。

私が、大人に国語を、というのは未来の子供達へ向けてでもあります。

言葉で分かってもらえるまで説明するって、面倒臭いし根気が要ります。
論理的にスマートに伝える事を目指している訳ではありません。
何歳であっても、相手と対等に自分の考えと意見を交換していきたい。

それを子供に対して教えるのではなく、まず大人から。
理性を持って、立ち止まって欲しい。

世界平和なんて大きなことは言いません。
まずは身近な人とのコミュニケーションを言葉による交渉に変えていけたら
ちょっと平和になるんじゃないかなぁ。

(言葉も使いようによっては相手を支配するし、攻撃もするので、何事も使いよう。力も使いよう。)