今回の演習では、研修室にひとり社員の方が「担任」のような形でついていらっしゃいました。

研修を始める前に、前日までの彼らの様子や、今回の研修で特に伝えて欲しいことなどをヒアリング。
「失敗を恐る傾向がある」というお話でしたので、できるだけ失敗するように、私からはあまり過保護に説明をしないようなプログラムに。

そもそも、何が失敗なのか…という定義自体が曖昧ですけれどもね。

演習を上手にやることが今回の目的ではないので。
意地悪かもしれないですけれども、難易度を上げて、そう簡単には達成できないように。

その様子を見守るだけの私に、担任の方がおっしゃいました。

「鈴木さんはあまり叱らないんですね。自分の時は先輩にきつく叱られながら教え込まれたもんですけど。」

これは、私の個人的な教育方針が大きく影響していると思います。

結局、何かしらこちらの希望を通したいから叱るんですよね。
だったら、その希望を冷静に伝えたら十分じゃないかと。

大人になった私たちは、叱られなくても、何が良くて、何が悪いのか十分に分かっています。
だから感情的に叱らなくとも、何が良くないのかを説明すれば十分理解をしてもらえる、と。

ただ、「大きな学びが起きるのは感情が動いた時」というのも私自身分かっていますので
もし叱るのであれば、そういうパフォーマンスを採用することはできます。

でも、それは必ずフォローができるという算段がついた時だけです。

なぜなら、こちら側の希望に応えてくれたことに対するフィードバックすることは大切なことだと思うからです。
こっちの希望だけ押し通して、やったらやったで無視なんて、私だったら混乱してしまいますから。

ま、そんなパフォーマンスが必要な場面なんて、大人相手にはそうそうないですけど。

叱られたからやる、あるいは、叱られたからやらない、という態度を採用させてしまうと
逆もまたしかり、なんです。
叱られないからやらない、または、叱られないからやる、と。

そして、自分が教える立場になった時も、叱って教えればいい、となりがち。

そうじゃないんです。

自分で考えて、こういう時はどうしたらいいんだろう?って研修後も自分で考えて動ける人になって欲しい。

叱られる!と思っていると反射的な行動に出てしまい、研修中はいいけれど、現場に戻った時に身についてない
なーんてことになってしまったら嫌だなぁ、と思うわけです。