読書会はゆるく行われているので、
誰かひとりが教える人となって2時間の講座を行う、というものではありません。

それぞれが自分の経験や体験を持ち寄って、
その文章に書かれている事から想起されること
話したい事などをテーブルの真ん中に乗せていきます。

そこから発展し、教えられる知識を持っている方がいれば話し、
関連する経験があれば、それをまた話し。

時に脱線しすぎそうになったら、本題に戻す人がいたり。

同じ空間で、同じ文章を読んでいるにも関わらず
それぞれの受け取り方の違いを楽しんでいく。

正解はありません。

学校で、教師が一方的に、ここはこれが答えです
と教えていくスタイルとはある意味、真逆かもしれません。

何かを知ること、知識を得ることではないのでしょう。

「そんなの、もう知っている。」

そう思ったら、学びの扉が閉じてしまう。

「自分はそう思っていた。他の人は?」

多様性や差異から学ぶというのは、そういう事かもしれません。

何十年も生きてますから。
知識も経験も豊富にあって、そんなに目新しいもの、珍しいものが
そこらへんにゴロゴロころがっている、といこともそうそうないでしょう。

自分の知っている枠を飛び越えると、そこには360度の新しい世界が広がっています。

そのためには、素直さだったり、謙虚さだったり、頭の柔軟性、
おもしろがれる力、なんかがあるといいように思います。

もしかしたら、そこには新しい事に挑戦してみる、
知らない人たちの輪の中に飛び込んでみる、
そういった勇気のようなものも、必要かもしれません。

当然、話が白熱してくると、議論が紛糾する場合だってあります。
その紛糾した議論の中から見えてくるもの、というのもまた
大きな価値があります。

自分の立場を再認識したり、自分でも思っていなかった自分に気付いたり。

大人ですから。
それはそれ、これはこれ。
議論が終わったら、ビールと共に関係はリセット。
それとはまた違った話ででも、盛り上がっていきましょう。

大人が学ぶって、本当に楽しいものですね。