子ども達の作文指導をしていると、様々な発見があります。

作文指導ということなので、もちろん文章を書けるようになることは一番の目標です。

ですが、ただ書ければいいかというとそういう事ではありません。

◆ できるようになってほしいなと思っていること
◆ その作文を通して身につけてほしいと思っているスキル

など、色々な趣向をこらして、その作文を書くことによっての達成目標には
いくつかのレイヤーがあったりします。

言語の発達には個人差があるので、文章を書ける子は書けます。

作文を書く、という目標は軽く達成します。

その作文のレベルも高く、大人顔負けのいい文章を書いたりします。

ところが「こういう作文を書くのって、どんなことに役立つと思う?」と質問を投げかけると
首をかしげます。「わかんない」と。
かなりハイレベルな質問ですし、説明もしていないので、わからなくて問題はありません。

とはいえ正直、「書きなさい」と言われたから書いた、という感じも。

別のお子さんで、親御さんが作文を書けない事を不安に思い、教室に通うことにした子がいます。

書くのはゆっくり、書くよりもお喋りが多い、ちょっとのんびりしたところもある。

だけど、鋭い一言を残します。
「あー、今度これ使って◯◯やってみよう〜」

この作文の意図を十分に理解しているから出る発言でした。

子ども達をこれからも見守り続けます。

「できる」を積み重ねて、「理解する」に至るのかもしれない。

「理解する」が花開いて、「できる」ようになるのかもしれない。

ずっと、「できる」ようになってはじめて「理解する」のかと思っていました。
そうではない、という成長を目の当たりにして、別物なんだな、と発見した次第です。

もしかしたら、今の自分にも「できていない」けど「理解はできてる」ことがあるのかもしれない。

逆に、「理解はできていない」けど、「できている」こともあるのかもしれない。

そう思ったら、なんだか楽しくなってきました。